菅野健の“いま、なにつくってるの?”第1回目の登場は、風間重美(かざまえみ)さん。
2011年1月から順次クリエイターに開放されていくアカデミックライフのギャラリースペースで、最初に個展を開催するイラストレーターです。
風間さんはいつから、どんな想いで絵を描いているのか。いま、作品を生み出す根底にあるものは何か。
そして、これからどうなりたいのか。彼女がほっとできるという思い出の場所・隅田川沿いをお散歩しながら、根掘り葉掘り聞いてみましょう。

菅野:華やかな銀座、築地の活気、その裏をゆったり流れる隅田川。ここにはよく来るんですか?
風間:以前この辺りで暮らしていたことがあって、時々こうして月島・勝どき界隈の隅田川沿いを散歩しながら、黄昏れています。勝どき橋から佃島方面の景色を眺めたり、カモメがあつまる噴水も好きです。隅田川の水って、潮の香りがするんです。私の生まれ育った下町も川からは潮の香りがするので、ほっとした気持ちになれます。
子どもの頃から絵を描くことが好きだったの?
一人っ子だったので、一緒にトランプなどをする相手もいなくて、一人で絵を描いて遊ぶことが多かったですね。大のおじいちゃんっ子で、そのおじいちゃんが趣味で絵を描いていました。画材をたくさん持っていて、遊びに行く度に自由に使わせてくれたんです。

おじいちゃん自身が、風間さんの才能を伸ばしてあげたいと思っていたのかもね。
そうかもしれないです。描き方を教えてくれるということはなかったのですが、いつも道具を好きに使えるように置いておいてくれたり、画材屋さんに一緒に連れて行ってくれたり。小学校の時に買ってもらった、大きな木箱に入ったドイツのファーバーカステルの72色入り色鉛筆は、おじいちゃんが亡くなった今でも大切に使っています。
- 横尾忠則の『 芸術は恋愛だ 』との出逢い

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将来は美術の方向に、と思ったのはいつ頃?
小学校の時から、中高一貫の美術学校に行きたいと考えていました。でも、受ける直前になって両親に猛反対されて…。結局、普通科の学校に行くことになったんです。
中学校から美術に特化した学校に進みたいという気持ちは、相当なものだよね。ご両親としては、まだ中学生のうちから風間さんの方向性を狭めさせたくなかったのかもしれないね。
いろんな友達に囲まれて、視野も広がって、その結果「やっぱり美術に」と思ったきっかけは何だったの?進学校だったので、中学3年生から当り前のように大学受験の準備が始まっていきましたが、途中から「何か違うな…」と感じるようになって。その時ちょうど、横尾忠則の『芸術は恋愛だ』という本に出逢ったんです。私がやりたいのは美術だ!!と決意が固まりましたね。
中学生の時に横尾忠則を読むと、かなり衝撃的じゃない?僕も彼のTwitterをフォローしているけど、独自だなぁ~と思うよ。
そうですね。それまでに、親や、他の誰も言ってこなかったような考え方を見せられてしまった感じです。“何でもありなんだ!”“もっと自由に生きていいんだ!”と、自分の中で何か吹っ切れたところがありました。
10代の頃に読んだ本の中でも、風間さんにとって相当インパクトがあったんだね。それから東京造形大学でデザインを学ばれて、卒業後はデザイン事務所に就職されたんですよね。
はい。きっと絵描きは食べていけないだろうから、デザインの道に…と(笑)これまで2つの会社を経験しました。昼間は打ち合わせや外部との対応、夜から翌朝までグラフィックデザインの実作業に忙殺される日々で、自宅にもなかなか帰れないような生活が4~5年程続きましたね。会社を辞めた時に、自分は絵を描くのが好きだったんだ!ということを思い出し、自分の手でイラストを描き始めました。

風間さんにとって、デザインの仕事とイラストを描くことは別物?
仕事として依頼されるものは、どちらもある程度の考え方は似ていると思いますが…でもやっぱり、私にとっては全く違います。自分の中で完全なスイッチの切り替えが必要なんです。
先日テレビで、とある活躍中のイラストレーターさんの特集を観たのですが、その方の考えは意外なくらい、“デザイナー的”だなと思いました。
“デザイナー的”な考え方とは?



